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あのとき歴史は動いた?

1日1記事。わたしが気になったニュースを国内・海外からpickup。独断と偏見でコメントも添えてお届けします。古代より日記は史料として貴重な財産。現在の「○○を食べた」「○○と今日はデート」的な個人ブログとは一線を画してお届けします。

2017.3.11 豊洲移転の決断を下したのは石原元都知事from都議会・百条委員会。

2017年3月

都の行政のトップだったのだから、いまさらという感じもありますが、ボロボロと穴が出てくる豊洲移転問題。

誰が悪いのか犯人を捜すよりも、先に今の状態をどうするか決めるのが先な気もしますが、小池都知事も迷うところでしょう。

 

豊洲に関する知識はなかったか浅かったとは思いますが、最終的に決断を下した以上、責任は元都知事にも当然ある。

いまさら言い逃れは正直見苦しいし、豊洲移転が完全悪だとは誰も言ってないわけで、前回の石原慎太郎さんの会見は「わたしは知らない」的内容に終始していただけに、ハッキリ発言したほうがいいとは思うんだが。

 

というわけで、都議会の百条委員会の模様はこちらから。

JNNより引用です。

 

 東京・豊洲市場への移転問題を検証する都議会・百条委員会で証人喚問された元市場長は、当時の石原知事が豊洲への移転を決断したと証言しました。

 百条委員会の証人喚問は11日午後1時から始まりました。石原氏が知事に就任した1999年から2001年まで市場長を務めた大矢実氏は、自身が石原氏に「築地の移転先は豊洲しかない」と進言したうえで、最終的に石原氏が豊洲への移転を決断したと証言しました。

 「残されたのは豊洲しかない。築地でやれないなら、豊洲しかないと判断した。最終的に石原元知事も『そうか豊洲しかないか』という話で、了解されたと理解している」(大矢実 元市場長)

 大矢氏は当初、築地市場を現地で再整備することを検討したが、困難ということで移転先を探すことになったと述べ、「豊洲への移転が既定路線だったというのは違う」と証言しました。

「青島知事の時代に豊洲移転を決めた既定路線であったというのは、ちょっとそれは違うなと思う。石原元知事は、なんか誤解をしてないのかなと思っている」(大矢実 元市場長)

 また、豊洲の用地取得をめぐり、2001年7月、都と東京ガスが土壌汚染処理の範囲について合意した確認書が、東京ガスから提出されていたことがわかりました。「都の条例の範囲内で進める内容で東京ガスが条例を超えて負担することに反対する根拠になったのでは」という指摘に対し、大矢氏は「退任後で知らない」と述べました。