あのとき歴史は動いた?

1日1記事。わたしが気になったニュースを国内・海外からpickup。独断と偏見でコメントも添えてお届けします。古代より日記は史料として貴重な財産。現在の「○○を食べた」「○○と今日はデート」的な個人ブログとは一線を画してお届けします。

2007.6.9 天皇陛下の退位を実現する特例法成立。

天皇陛下のおことばからずいぶんかかりましたが、特例法という形で生前退位が実現する運びとなりそうです。

歴史をひもとけばざらにある話ですが、上皇として院政をしく、というわけもなく、昔と今では状況が違うので、はたしてこの形で認めてどうなるのか、も気になります。

 

以下ニュース引用です。毎日新聞より。

 

天皇陛下の退位を実現する特例法が9日、成立した。陛下と親しく交流してきた人たちは、深い感慨をもってこの節目を迎えている。

 

◇テニス仲間の織田さん

 テニス仲間として天皇陛下と交流を続けてきた織田和雄さん(81)=東京都目黒区=は、「退位されたら皇后さまと一緒に好きなことを楽しんでいただきたい」と話す。織田さんは、学習院で陛下の2年後輩。幼いころから一緒にテニスを楽しんできた。皇太子時代の陛下が皇后さまと婚約される前は、お二人の電話での対話を取り次ぐ「キューピッド役」になった。

 1957年8月19日、長野県軽井沢町で開かれたテニス大会が、両陛下の出会いの場となった。皇后さまのペアとダブルスの試合で敗れた陛下は、観戦していた織田さんに「あんなに正確に返ってきたらかなわないね」と笑顔で話された。織田さんは「美智子さまのことがずいぶん印象に残ったようだ」と感じた。

 当時、陛下は23歳で皇太子。宮内庁は皇太子妃候補を探していた。同庁は58年8月下旬、皇后さまの父正田英三郎氏に結婚を打診したが、固辞された。織田さんによると、陛下の同級生たちは積極的になるよう陛下を励ましたという。

 陛下は58年10月、織田さんに皇后さまとの連絡役になってくれるよう頼んだ。織田さんは皇后さまに電話をかけ、「今、殿下は書斎にいらっしゃるので電話をかけてください」と伝えることを連日のように繰り返した。11月8日の織田さんの日記には「大体よくなってきたことがわかる」とつづられている。良い方向に進展していると感じていた。

 11月21日、宇佐美毅・宮内庁長官(当時)が正田家を訪ねて婚約を正式に申し入れ、承諾された。陛下はその夜、織田さんをお住まいの東宮仮御所に招き、日本酒で乾杯した。「ありがとう」。陛下は感謝の気持ちを伝えたという。

 天皇、皇后両陛下は2009年4月、結婚50年にあわせて記者会見を開いた。陛下は婚約前を振り返り「何回も電話で話し合いをし、ようやく承諾をしてくれたことを覚えています」「私が皇太子としての務めを果たしていく上で、務めを理解し、支えてくれる人がどうしても必要であることを話しました」と振り返った。「公務を第一に考える陛下の姿勢は、あの頃も、現在も全く変わりがない」と織田さんはいう。「象徴の務めを、たんなる務めとしてでなく、陛下自身のお気持ちから続けてこられたからだろう。退位されたら、ご自身の楽しみの時間を作っていただきたい」