あのとき歴史は動いた?

1日1記事。わたしが気になったニュースを国内・海外からpickup。独断と偏見でコメントも添えてお届けします。古代より日記は史料として貴重な財産。現在の「○○を食べた」「○○と今日はデート」的な個人ブログとは一線を画してお届けします。

2017.8.17 吉田茂氏、ノーベル賞受賞候補3回ノミネートされていた?

 サンフランシスコ講和条約といえば吉田茂元首相なわけですが、ブレーンの白洲次郎のほうがわたしには印象が深いです。

 マッカーサーに真っ向から言うべきことは言う、というスタンスはノーといえる日本人として当時は数少ない、というよりオンリーワンだったのではないでしょうか。

 

 そんな吉田茂氏、ノーベル賞候補に3度推薦、最終選考にも残っていた、というビッグニュース。

 

 以下ニュース引用です。読売新聞より。

 

 サンフランシスコ講和条約の締結など戦後日本の針路を決める重要な政策決定を行った吉田茂元首相(1878~1967年)が1965~67年に連続でノーベル賞候補に推薦され、65年には最終審査の対象となるリストに入っていたことが、ノルウェー・ノーベル研究所オスロ)への情報公開請求でわかった。

 ノーベル賞の選考過程については、ノーベル財団規約で「50年間は非公開」と規定され、平和賞は、研究者やジャーナリストに解禁後の情報公開を認めている。

 読売新聞が入手した資料によると、65年には、当時の首相で74年に平和賞を受賞する佐藤栄作や当時の外相の椎名悦三郎ら日本の4人が推薦人に名を連ねた推薦状が、平和賞の選考を行うノルウェー・ノーベル委員会に送られた。

 推薦理由は「戦後処理を通じたアジアと世界の平和と繁栄への貢献」。日本政府の働きかけで、ディーン・アチソン元米国務長官、コンラート・アデナウアー元西独首相からも推薦があった。平和賞は、閣僚や国会議員、著名有識者、過去の平和賞受賞者などに推薦資格がある。