あのとき歴史は動いた?

1日1記事。わたしが気になったニュースを国内・海外からpickup。独断と偏見でコメントも添えてお届けします。古代より日記は史料として貴重な財産。現在の「○○を食べた」「○○と今日はデート」的な個人ブログとは一線を画してお届けします。

2017.11.29 横綱・日馬富士、現役引退。

幕引きとしてはまあこうなるであろう、という結果となりました。

日馬富士の暴力問題。

結局、現役ばりばりのまま現役引退となりました。

これで朝青龍に続いて2度目。

日本国籍を持っていないこともあり、親方にもなれません。

このまま帰国、になるんでしょうか。

 

モンゴル出身だから、という問題じゃなく、やはり横綱には品格が欲しい。

そういう意味では白鵬はわりとしっかりしている気はする。

 

となると、ますます表に出づらくなったのが貴ノ岩

結果的に自身がひきがねで横綱が引退、となると、はたした初場所、出てくるのかどうか。

親方の動向も気になります。

 

というわけで、引退のニュースは以下引用です。時事通信社より。

 29日午後行われた横綱日馬富士の引退記者会見。いつもひょうひょうとしたポーカーフェースの伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)が、記者会見の冒頭から涙をぬぐい、言葉を詰まらせた。

 

 愛弟子と共に謝罪の言葉を重ねる中で、ふと漏らした思い。「酒癖が悪いとか乱暴するとかといったところは私自身、見たことも聞いたこともありませんでした。今回なぜこのようなことになったのか、ただただ不思議と言うか、残念でなりません」
 暴行を知った後の謝罪や日本相撲協会への対応について聞かれた親方は「私は全部、筋道を通してきちんとやってきました」「知ってすぐに(貴乃花親方や相撲協会に)謝罪しました。電話でもしました。(略)きちんとやってきました」。名前は出さなかったが、相撲協会の事情聴取を拒むなどした貴乃花親方との対応の違いを強調した。

◇手塩に掛けた横綱
 文字通り、手塩に掛けて育てた弟子だった。伊勢ケ浜親方の現役時代は、稽古嫌いとして語り継がれている。千代の富士北勝海小錦らがそろう高砂部屋へ出稽古に来ながら、土俵へ入らずに終わる日もたびたび。すい臓を患って無理ができず、他の力士の稽古を見れば攻め方が分かるような理論派でもあった。
 しかし、幕内に上がる頃の旭富士は稽古の虫だった。師匠の大島親方(元大関旭国、当時)がやめろと言っても土俵を出ようとしなかった。ウエートトレーニングを取り入れた先駆けで、夕方にも人知れず汗をかいたが、当時を知る人は多くない。
 周囲から師匠の稽古嫌いを聞かされていた伊勢ケ浜部屋の力士に、ある時、記者が旭富士の若い頃の話をした。半信半疑の弟子たちの中で、真剣に耳を傾けていたのが、まだ大関になる前の安馬、のちの日馬富士だった。
 低く当たり、一気に攻め切るときは強いが、スピードと荒々しさが先走り、まわしを取らずに突進して逆転負けする日馬富士。師匠は「なぜあのまま出るかなあ。簡単なことなのになあ」と歯がゆそうにしながら、厳しい稽古を課して横綱にまで育てた。この師弟だから誕生した横綱と言える。その横綱がこんな形で土俵を去るとは思いもしなかっただろう。

◇仲間かばう言葉も
 日馬富士が礼儀正しく、ファンにも優しいことは多くの人が知っているが、礼節を暴力で教えることが当たり前の相撲界で生きてきた。記者会見で「今まで周囲でそうした指導を見たことがあるか」と聞かれた日馬富士は「ないです。相撲は土俵の上で、稽古場で教えていく。相撲道なので」ときっぱり否定した。仲間を、相撲界をかばいつつ、これからは自分のような引退をする力士が出ないようにとの願いからか。
 相手の違いはあるが、2010年の朝青龍に次ぎ、横綱の暴力による引退が2人続いた。前回と同じく暴力をめぐる社会の変化、不祥事が後を絶たない相撲界への厳しい目。今回はそこに貴乃花親方の強硬姿勢が加わって引退にまで発展した。協会理事としての貴乃花親方の一連の行動に対する批判はあってしかるべきだろう。しかし、暴力追放への認識が貴乃花親方への恨み節でかき消されるようなら、また同じ引退劇が起きる。