あのとき歴史は動いた?

1日1記事。わたしが気になったニュースを国内・海外からpickup。独断と偏見でコメントも添えてお届けします。古代より日記は史料として貴重な財産。現在の「○○を食べた」「○○と今日はデート」的な個人ブログとは一線を画してお届けします。

2018.1.24 水泳競泳の金メダリスト・マイケル・フェルプス、うつ病を告白。

わたしの友人にもうつ病の人はいますが、見た目が太った、というくらいではためには気づかない感じです。

もちろん人と会っているときといないときとでまったく違うだろうと思うので、あてにはなりませんが、薬の影響でまず太る、というのは本当なんだな、とは思いました。

 

なぜこんな話から入ったかというと、水泳のオリンピック4連覇の偉業といえばマイケル・フェルプスですが、うつで苦しんでいたという告白をしています。

 

スポーツ選手、それも金メダルが有力とされる選手になればかかるプレッシャーも相当だとは思いますが、未経験の凡人には想像しかできません。

 

独白については以下引用記事をお読みください。CNN.co.jpより。

 

 「自ら命を絶たなかったことに感謝している」――。五輪4連覇を果たした米国の元男子競泳選手、マイケル・フェルプスさん(32)がこのほど、米シカゴで開かれたメンタルヘルス関連の会議で、うつ病に苦しんだ経験を振り返った。

 フェルプスさんは精神医療の改革を掲げる米ケネディ・フォーラムの年次総会で登壇し、政治コンサルタントのデービッド・アクセルロッド氏と対談した。

 

 「王者になるには何が必要か」という質問に、フェルプスさんはためらいなくこう答えた。「それなら簡単。努力すること、打ち込むこと、あきらめないことだ」

 具体的な経験について問われると、コーチが両親に「この子はオリンピック選手になれる」と告げた時のこと、初の五輪となった2000年シドニー大会で「0.5秒足らずの差」での敗北を喫し、メダルを持ち帰れなかったことを振り返った。

 そこで味わった悔しさを原動力に、15歳で初めて世界記録を更新し、04年アテネ大会で初の五輪金メダルを手にした。

 「ひたすらハングリーに上を目指していた」「自分の限界を極めたかった」と話す。

だが突進の後には反動があった。「五輪が終わるたびに気分が大きく落ち込んだ」という。

 毎年10月の初めから11月頃、「何かがおかしい」と感じるような気分の波が襲ってくることに気付いた。「初めてうつの発作を経験したのは、たぶん04年のこと」と振り返る。

 フェルプスさんはこの年、酒に酔って運転した容疑で逮捕された。

 

 08年には北京大会で五輪史上最多となる8個の金メダルを獲得したが、それから数週間後の同年秋、大麻を吸っている現場を写真に撮られた。

 薬物は「何かから逃げ出したい、逃げ出そうとする時の手段だった」と、フェルプスさんは言う。「逃げようとしてほとんど毎日、自分で自分を治療しているようなものだった」

 五輪のたびに「爆発」のような発作に襲われたが、12年ロンドン大会の後は特に深刻だった。「水泳をしたくなかった。もう生きていたくもなかった」

 

 数日間一人きりで寝室にこもり、何も食べずほとんど眠らずに、ただ生きるのがいやだとうずくまっていた。そしてついに、治療を受ける必要があることを悟った。

 

 治療施設に入った初日は、これからどんな変化がやって来るのかと緊張して、ただ震えていた。

 

 朝6時に看護師が起こしに来た。壁に張った8つの感情を見てどれが自分の気持ちかを示せと言われ、「今の気分なんて分かるか。むしゃくしゃして、いやな気分だ。朝は苦手なんだ」と当たり散らしたのを覚えている。フェルプスさんはそう言って笑った。

 だが気持ちを口に出し始めた時から、「生きるのが楽になった」という。「なぜ10年前からこうしていなかったのかと、何度も自問した。でもその時はまだ用意ができていなかったんだ」

 かつての自分は話したくないこと、向き合いたくないことを常にしまい込み、どこかへ片付けてしまうのが得意だったと思い返す。

 今なら「大丈夫じゃなくても大丈夫」だと分かる。心の病を恥ととらえる風潮があるが、口に出さなければ状況は変わらない。「打ち明けるのが怖い、だから自殺率が高くなる」と、フェルプスさんは考える。

 今は自分の経験を語ることによって人々に手を差し伸べ、命を救うことができる。「そういう瞬間、その感覚と感情は私にとって、五輪で金メダルを取るよりはるかに素晴らしい」と話し、自殺を選ばなくて本当によかったと強調した。