あのとき歴史は動いた?

1日1記事。わたしが気になったニュースを国内・海外からpickup。独断と偏見でコメントも添えてお届けします。古代より日記は史料として貴重な財産。現在の「○○を食べた」「○○と今日はデート」的な個人ブログとは一線を画してお届けします。

2018.5.4 「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」、世界遺産登録へ。

奄美大島西表島は今年も落選、ということで、まだまだ日本の良さは世界にアピールできる引き出しはあるわけですが、まずはおめでとうというニュース。

キリシタン関連資産は、これまでずっと登録を期待されていたもの。

ここにきてようやく、といったところです。

 

個人的には鎌倉が近いので、鎌倉にもうちょっとがんばってもらいたいところですが、そうするとまた観光客が増えるわけで、それはそれで・・・といったところ。

とはいえ、九州は宗像や屋久島など、世界遺産登録がわりと多いエリアでもあります。

半島に近い、というのがやはり大きいのでしょう。

 

以下記事引用です。毎日新聞より。

 

 禁教期の潜伏キリシタンの信仰を今に伝える長崎、熊本両県の教会や集落などが、世界文化遺産登録に大きく近づいた。政府が構成資産の一つとして推薦した「外海(そとめ)の出津(しつ)集落」(長崎市)の出津教会堂で教会守を務める高橋渉さん(75)は「世界の財産として認められるのはありがたい」と喜んだ。

 

  外海地区では、1571年にキリスト教が伝わった。禁教期には激しい弾圧が繰り返されたが、信者たちは仏教や神道の信仰を装いながら潜伏キリシタンとして信仰を守った。祖先たちは聖人を描いた聖画やキリシタン暦などを心のよりどころに、祈りの言葉「オラショ」を唱えた。

 出津教会堂はキリスト教解禁後の1879年に建設が始まり、資金や資材の不足を乗り越えて1909年に現在の姿になった。両親がカトリック信者だった高橋さんも、幼いころから出津教会堂に通ってきた。

 郵便局を退職後、地域に残る資産を案内するガイドとなり、4年前に教会守になった。教会堂の施設整備や来訪者の案内をするのが日課だ。周辺の草取りや掃除にも、信者らと協力して汗を流す。

 世界遺産登録を目指すも、いったんは推薦書を取り下げて構成資産が見直されるなど、紆余(うよ)曲折もあった。しかし、高橋さんは「来訪者の受け入れ体制を改めて考え直す時間ができた」と前を向き、今回の勧告を心待ちにしていた。

 教会堂には現在、高橋さんを含む4人の教会守がおり、ミサや葬式、結婚式を支える一方、年末年始を除いて毎日来訪者を迎えている。昨年は約2万8500人が足を運び、勧告を受けてさらなる増加も見込まれる。

 地元の宝が世界遺産となることが現実味を帯びてきた。「教会堂は信者が祈りをする場所だが、巡礼であれ観光であれ、受け入れたい。教会堂がどのようなものかなど、外海のキリシタンの歴史を伝えたい」。高橋さんは決意を新たにした。