あのとき歴史は動いた?

1日1記事。わたしが気になったニュースを国内・海外からpickup。独断と偏見でコメントも添えてお届けします。古代より日記は史料として貴重な財産。現在の「○○を食べた」「○○と今日はデート」的な個人ブログとは一線を画してお届けします。

2018.9.29 武豊騎手、前人未到のJRA4000勝をついに達成。

キタサンブラック引退後はやや存在感が薄れている感もある武豊騎手ですが、ついに4000勝を達成のニュース。

来月の2018年10月にはクリンチャーで凱旋門賞参戦も決まっているわけですが、マジック3となった今日、いきなり3勝を挙げてあっさり4000勝を達成しています。

 

モレイラ騎手はじめ、外国人騎手がもてはやされている昨今、誰も塗り替えることが糖分、いや、おそらく今後できないであろう記録だけに、価値ある勝利となりました。

弟の武幸四郎元騎手は今年から調教師に転進しており、弟の管理馬グアンでの勝利も重ねるなど、エージェント制が流行っている中、結果を出し続けるあたりは、大井の的場文男騎手と重なる部分もあります。

 

いつかはムチを置く日が来るのでしょうが、長くJRAで活躍してほしいなと切に願います。

以下ニュース引用です。サンスポより。

 

 2007年7月に岡部幸雄元騎手が持っていた最多勝利記録を塗り替えたのち、前人未到の道をひた走るスタージョッキー武豊がついにJRA通算4000勝の記録を達成した。

 

9月29日、阪神10Rでメイショウカズヒメ(牝4歳、栗東南井克巳厩舎)に騎乗した武豊騎手(49歳)=栗東・フリー=が勝利。“マジック3”で迎えたこの日に3勝目を挙げてJRA通算4000勝を決めた。

 名ジョッキーだった故・武邦彦氏を父にもち、弟が幸四郎元騎手(現調教師)の競馬一家で育った武豊。デビュー年に京都大賞典でいきなり重賞初制覇を遂げると、2年目の1988年には菊花賞スーパークリークを操りGI初制覇を達成。90年の有馬記念ではオグリキャップを有終の美に導いた。

 数多くのGIタイトルを手にした武豊にとって勝利に見放されていた日本ダービーだったが、98年、スペシャルウィークに騎乗してついに念願成就させ「ダービージョッキー」に輝いた。13年にキズナで勝利を果たすなど、日本ダービーの勝ち鞍は歴代単独最多の5勝。またアメリカ、フランスなど現地に腰をすえた海外騎乗経験も豊富で、海外8カ国・地域で通算勝利数は100勝以上。その活躍ぶりから海外の競馬関係者の間でもユタカ・タケの名前は知らぬものはいない。

 JRA年間リーディングは実に18回、05年に挙げた年間212勝の最多勝利記録はいまだに破られていない。10年に経験したレース中の落馬事故で負った大けがの影響により勝ち星の量産ペースこそ落ち着いたものの、昨年まで活躍したGI7勝の名馬キタサンブラック天皇賞3勝や有馬記念優勝を果たすなど華麗な手綱さばきは、まだまだ衰えを知らない。