あのとき歴史は動いた?

1日1記事。わたしが気になったニュースを国内・海外からpickup。独断と偏見でコメントも添えてお届けします。古代より日記は史料として貴重な財産。現在の「○○を食べた」「○○と今日はデート」的な個人ブログとは一線を画してお届けします。

2019.9.14 阪神・メッセンジャー投手、現役引退へ。

外国人選手、阪神タイガース、長期滞在。

この3つがそろうと、わたしはバースが浮かぶわけですが、最近ではやはりこの人でしょう。

開幕投手含め、困ったときはこの人に任せればなんとかしてくれる、というメッセンジャー投手。

まだ38歳なんですが、今期限りでの引退を決めたというニュース。

 

ぼろぼろになるまでやる、というタイプの選手もいれば、ピークを過ぎたなと感じたときにすぱっと辞めるタイプもいるわけですが、どうやら後者のようで、ストレートこそ147キロとやや落ちてきましたが、実戦感を取り戻せば来期は巻き返せるんじゃないか、と思ってました。

が、本人が能力落ちを実感したこともあって、早々に決断した模様。

 

わたしはベイファンなので、ありがたいといえばありがたいですが、いい投手を打ち崩すのを見たくて生観戦しに行く醍醐味もあるので、残念でもあります。

まだ若い、かつ久々に当たりの外国人選手ということもあり、阪神としては最大限のおもてなし、で卒業させる模様。

 

以下ニュース引用です。デイリーより。

 

阪神は13日、ランディ・メッセンジャー投手(38)が今季限りで現役を引退することを発表した。メッセンジャーが同日、球団に申し入れ、了承された。近日中に引退会見が行われる。2010年の入団から10年間もエースとしてチームを支えてきた右腕。日本通算100勝にあと2勝と迫っていた中、異国から来た“サムライ”は潔くユニホームを脱ぐ決断を下した。

 

球団史に名を残した助っ人が、電撃的に引退を決断した。メッセンジャーはこの日午前中に球団へ現役引退を申し出て、了承。この日は鳴尾浜でコメントを残しておらず、谷本球団本部長が言葉を代弁した。

 「思い通りにならない、と」

 慰留したが、本人の意志が揺らぐことはなかったという。「これまでの功労に感謝しつつも、認めたということです。彼は本当にやりきったと。ベストを尽くしたような表情をしていたようなので」

 日本通算100勝にあと2勝と迫りながら自ら身を引いた。同球団本部長は、その潔さに「本当に最後までサムライやったと思います」とねぎらった。

 近日中に外国人選手では異例の引退会見が設けられ、今後はポストも用意される見通し。さらにチームのCS争いが決着した段階で試合が残っていれば、引退試合も検討される見通しだ。

 メッセンジャーは2010年に阪神へ入団。当初は中継ぎとして期待されていたが、先発転向後に才能が開花。11年から18年の8年間のうち7年で2桁勝利を記録。14年は13勝で最多勝に輝くなどエースとしてチームを支えた。

 昨年4月には国内FA権を取得。今季から虎の助っ人では史上初めて日本選手扱いとなり、外国人登録枠を外れた。5年連続6度目の開幕投手に指名され、4月5日・広島戦では日米通算100勝を達成した。

 しかし中盤以降は不振に陥り、7月10日・巨人戦は2回4失点でKO。翌日に出場選手登録を抹消された。右肩の治療のため、シーズン中ながらも米国へ一時帰国。懸命に再起を図ったが、12日の四国ILp・徳島戦で5回4失点と本来の輝きは取り戻せなかった。

 中4日での先発マウンドもいとわず、どんな状況でも右腕を振り抜いた助っ人。17年には8月に右足腓骨(ひこつ)骨折の重傷を負いながらも、CS直前に復帰し、DeNAとのファーストS第1戦では6回無失点の好投で勝利に貢献した。

 その時、ファンや関係者が親しみを込めて贈った“サムライ”の称号-。一時代を築いた男が、誰よりも潔くユニホームを脱ぐ。